一階の広間です。マントピースには絵描きタイルを使い、床には寄木張りとした華やかな部屋です。
デンキブランでも飲みながらどんな話をしていたのでしょうか
二階へ上がる階段です。
一階が一切洋風なのに対し
二階は純日本風です。この階段が西洋と日本をつなぐ架け橋です。踊り場にちょっした和風の花瓶がありその意図を現しています。
上は玄関の天井にあるシャンデリアです。よく見ると葡萄の
モチーフがあります。
これが序の口です。これから
葡萄のこだわりが始まります。
左は玄関を上がったところです。広い回廊のような空間があります。ここで一寸後ろでも振り返ってくれとでも言うのでしょうか。
木目の床もまだ木の香りが漂うようです。
神谷邸の玄関です。入り口に五つのアーチがあり、外壁は白いタイルで仕上げてあります。八十三年も前のものとは思えません。

浅草・神谷バー創設者の館
神谷邸探訪


千葉市稲毛区に浅草の神谷バーで有名な神谷伝兵衛氏の稲毛別邸があります。
今は千葉市の市民ギャラリー・いなげとして市民に親しまれています。


1、来歴
  この洋館は日本のワイン王の異名を持つ明治の実業家、神谷伝兵衛の別荘として建てられたものである。彼は「デンキブラン」で有名な浅草の「神谷バー」や茨城県牛久市のワイン製造館「牛久シャトー」の創始者として成功し、大正十一年六十六才で他界するまで生涯をワイン作りに捧げた人物である。
大正六年から七年にかけて建設され伝兵衛はしばしば週末をここで過ごしたという。

2、建物の特徴
設計者や施工者は記録が分からないそうです。
洋館の構造は、鉄筋コンクリート造り、半地下、地上二階建で、屋根架構はキングポストラスと言って中央部に束のある洋風小屋組と言う建て方だそうです。
この建物は、千葉市内に現存する鉄筋コンクリート建築で最も古いものです。全国的に見ても鉄筋コンクリート造りとしては初期の建築で建築史上大変貴重であるとのことです。
と言うのも、大正12年(1923年)の関東大震災による煉瓦建築構造の崩壊ぶりを見るまでは、鉄筋コンクリート造りは一般的な建築構造として十分認められていなかったのだそうです。  



















































































二階へ行きます。





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